Listen… 〜そうすれば生きる〜

ビジョンステートメント
私たちは常に、神様か、あるいはこの世かを選ぶ選択に迫られている。その中で神様の声を日々、聞き分け、悟り、その声に従い生きることによって、キリストに似た者として変えられ、御国を広げ、主に栄光をお返しする者となることができる。

テーマ聖句:イザヤ 55:3a
「耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる」(新改訳・新改訳2017)
Come to me and listen; listen to me so you may live. (NCV)

今回テーマとして「聞く」ということを掲げています。この「聞く」という行為は私たちの人生において、私たちが思っているよりもずっと大切なことです。私たちの行動は、私たちが日々生活の中で何を聞いているかによって大きく左右されます。私たちは常に、この世の声に耳を傾けるか、神様に耳を傾けるかを選ばなくてはなりません。その選択肢を与えられている私たちが、神様の声を聞き、そしてそのみ声に従うとき、御国の前進に携わることができるのです。それだけではなく、神様に従う中で与えられる喜びと恵みを経験することができます。

 

私たちの世界観は不完全だが・・・
 まず学びたいことは、私たちが置かれている状況について、です。
 私たちは、神様のみ声を聞き、神様と共に生きるために造られました。創世記の3章の前までは、神様と私たちの間には壁は全くありませんでした。神様の声を聞く妨げは何もなかったため、私たち人間はいつでもどこでも神様と会話をし、つながることができていました。私たちは、神様が創造された罪のない完全な世界に存在していたのです。つまり、この世界を神様が創造されたままの聖いレンズを通して見ることができていたのです。
 しかし、堕落によって全てが変わってしまいました。人間が犯した罪により、私たちと神様との間に壁ができてしまいます。それだけでなく、私たちと神様の関係を邪魔するものがこの世を覆うようになります。罪によって歪められてしまったレンズで物事を見るようになりました。罪が入り、私たちの世界は不完全なものになり、また、私たちが持つ世界観も不完全なものになってしまったのです。
 しかし、そのような中にあっても、神様は、私たちが神様のみ声を聞くことを望み、そうするように命じておられます。そしてそれは可能です。イエス・キリストの罪とあがないのゆえに、私たちがキリストと共に生きることにより、つまり、イエス様を信じることによって、創造の時にあった神様との関係を、私たちは生きることができるのです。聖霊様によって、私たちの世界観は回復され、神様のみ声を聞くことができることを参加者のみなさんに知って欲しいと思います。

 

神様のみ声を聞くとは・・・
 二つ目に学びたいことは、どのように「神様のみ声を聞く」か、です。神様のみ声を聞くときには必ず戦いがあります。私たちが神のみ声に聞き従って生きることは、悪魔にとって致命的なので、私たちがみ声を聞くことを全力で阻止しようとします。だから私たちの周りには、多くの雑音が常に存在しています。その雑音は、権力、名誉、快楽や幸せなど、この世の誘惑かもしれません。あるいは、自分の罪や弱さ、不安や恐れ、おびやかしなど、自分の中から出てくる雑音かもしれません。
 私たちは、この世で生きる中でこれらの雑音に慣れてしまい、さほどその雑音の影響を受けてはいない、という悪魔の嘘に耳を傾けてしまうがゆえに、戦うことやその必要性さえ忘れてしまう時があります。いつの間にかこの世の雑音に流されて生きてしまっているのにも関わらず、それに気づかないことがあるのです。
 だからこそ、神様のみ声を聞くことは戦いであり、この世の雑音と常に戦う必要があるのです。それで、このカンファレンスで、神様のみ声を聞くための戦いの重要性と戦い方についてふれたいと思います。聖霊様によりたのみ、神様と共に歩むことによって神様のみ声を選び取るということを、参加者のみなさんに知ってもらいたいと思います。

 

神様に聞き従うということは私たちの召し
 三つ目に学びたいことは、私たちにはみ声に聞き従って生きるという召しが与えられているということです。私たちは神様のみ声を聞く者、そして聞き従う者として造られました。「聞く」ときに「従う」という応答が求められているのです。私たちが主の声に応答する時、神様は必ずそれをご自身の栄光のために用いてくださいます。神様の御業を証し、伝える者として、そして神様の愛を示す者として遣わしてくださるとき、罪まみれの世界が、私たちを通して愛なる神様の光を見ることができるのです。私たちが神様に応答するとき、私たちは御国の前進に携わることができ、罪によって歪んでしまった世界観ではなく、罪から開放された世界観、聖書的な世界観を回復していくことができるのです。

 私は、今までに何度か神様がはっきりと私に語りかけられ、それに応答することができた経験があります。その度に教えられるのは、神様がいかに私の想像を遥かに超えた深く高い存在であるかということです。それまでの私の神様像がいかに小さなものであったかということに気づかされるのです。皆さんも同じような体験をされたことがあるでしょう。そして、これからもこのことを繰り返し学ぶ機会が与えられていくと思います。
 神様は、今日も力強く私たちに語ってくださっています。もし、私たちが日々の生活の中で、神様との時間を作り、み前に静まり、意識的に神様に耳を傾け、聞き従うことができれば、私たちの人生がもっと満たされるだけでなく、神様の栄光が表されるのではないでしょうか。
 あなたは、日々誰の声を聞いて、生きていますか?神様の声ですか?それともこの世の雑音でしょうか?私たちが神様の声に聞き従うことができるようにイエス様は命を捨ててくださったのです。私たち一人ひとりが、主に感謝をささげ、神様の声に耳を傾けることができる者となりますように。

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