全体集会講師

関真士
(せきしんじ) 

revseki

 

1964年、東京オリンピックの年に生まれる。柳屋のポマードにリーゼント時代から、剃り込みパンチパーマ時代、原宿の竹の子時代を経て、サーファーへ、そしてコックへ、さらに牧師へ、神の偉大な恵みによって今に至る。
1984年20歳の時に、日本料理のシェフとして渡米。サンノゼにあるサンタクララ日本人教会で救われる。
1992年に東京聖書学院卒業後、日本で12年間牧会した後、2005年よりハワイにあるホノルル・キリスト教会の牧師となり現在に至る。家族は、愛する妻と4人の子供と一匹の犬。趣味は料理と茶道。今でも子供の誕生日には、家で寿司を握っている。生来、落ち着きがなく、ルールを破ることに生きがいを感じていた自分が、真逆の世界である茶道に魅力を感じて今もお稽古に励んでいる。著書『お父さんの知恵の書 箴言』(新生宣教団 電子版)。『家族に神のかたちを取り戻そう』(地引網出版)。月刊誌『舟の右側』に「霊的成熟を目指して」連載中。

 

鎌野直人
(かまのなおと)

revkamano 

  むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが二組、いました。一組は丹波の田舎で、もう一組は神戸の繁華街の近くで牧師をしていました。のちに、神戸の夫婦は東京に出て、日本中で伝道をするようになりました。丹波の夫婦には神戸で小学校の先生をしている息子が、もともと神戸にいた夫婦には短大に行っている娘がいました。なんと、神戸の教会でこの二人が出会い、結婚し、二人の息子とひとりの娘が与えられ、しあわせに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
二人の息子のうちの長男が、私、鎌野直人です。1963年、神戸で生まれ、神戸で育ちました。京都大学工学部に入学し、修士課程の二年目、召命をいただき、Asbury Theological Seminary、関西聖書神学校、Yale University Divinity School、Union Theological Seminary in Virginia(現Union Presbyterian Seminary)で学び、聖書学(旧約聖書)でPh.D.を取りました。2000年から奈良、神戸で牧会をし、2010年から関西聖書神学校でフルタイムの奉仕しています。現在、関西聖書神学校校長、日本イエス・キリスト教団姫路城北教会牧師、日本福音主義神学会西部部会理事などの職務が与えられています。家族は妻と大学生の娘、高校生の息子です。ちなみに両親は健在。

 

稲冨祐一郎
 (いなとみゆういちろう)
revinatomi

 

笑いとグルメの町大阪で生まれ育つ。母親がクリスチャンだった為、小さいころから半強制的に教会に通う。小学校の時に強面(こわおもて)のとっても暖かく愛溢れる宣教師に出会う。その出会いにより人生が大きく変わることになる。高校卒業後、進路に悩んでいるときに宣教師の勧めにより韓国に留学。当時の韓国はリバイバルの熱が激しく燃えているときで町中で賛美と祈りが響いていた。その中でイエス・キリストに出会い、その後、神様から牧師への召命を頂き神学校へ入学。99%韓国人の神学校で揉まれながら愛と赦しを学び、髪型やファッションまで学んでしまい帰国。その後、教会で出会った5歳年上のお姉様と5年の遠距離恋愛を恵みで乗り越え結婚。伝道師、副牧師として日本のリバイバルのために宣教師の元で約10年間ミニストリーをする。その後、神様は再び韓国に呼ばれて、大学院で宣教学を学びながら韓国教会の青年部の担当牧師として3年間働く。その中で海外での日本人留学生伝道へのビジョンが与えられ、祈りの中でアメリカに導かれる。紆余曲折の末、ロサンゼルスとサンディエゴの二つの教会の担任牧師となり、毎週行き来しながら楽しんで牧会をしている。教会員の半分以上が若者で、恵みと笑いと涙が満ち溢れる教会である。
スポーツをするのも、見るのも、させるのも大好きで、高校時代は水球選手。今も若者たちとスポーツを真剣にするのが大好きな困った牧師。韓国ドラマとお笑い好きの妻(?歳)、サッカーとお笑い好きの息子(16歳)、おしゃべりと吉本新喜劇の大フアンの娘(8歳)の4人家族。

 

 

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